下向いた方がいい説
生きていれば、大なり小なり悩み事や問題を抱えているのは自然なことかと思います。
もちろん僕だって、悲しいなぁ辛いなぁと感じることはあります。
そんな時、上を見ようとしていることが、逆に自分を苦しくしたり追い詰める原因になっている場合もあるんじゃないかな〜って思ったんですよね。
だって、下を見てみれば、自分よりも辛い状況、厳しい環境に立たされている人なんて いくらでも見つかるじゃないですか。
もうね、その人達を見ただけで「あぁ、彼らと比べたら自分の状況なんて全然余裕だし、むしろ幸せじゃん」ってなることさえあるわけです。
てことで、今回は!
僕なりの幸福度を上げる方法をご紹介いたします〜 荒療治編★
幸せを感じる境界線は、自分自身で決められる。
・ぷち補足
「上を向いて歩こう」の言葉の、本来の意味とは違った使い方をしています。
自分は幸せ?不幸せ?
僕ら人間は、自分が幸せか そうでないかを決める判断基準を「自分自身で」創っています。
ハワイ旅行にいけたら幸せ、庭付き2階建ての家に住めたら幸せ、ダイヤモンドの指輪を買えたら幸せ、
残飯でも何でもいいから とにかく食べることができれば幸せ、空襲警報の鳴らない場所で眠れたら幸せ、自分の足で歩くことができたら幸せ、、、
〇〇だから幸せ、〇〇じゃないから不幸せ、この境界線を自分達で創っているわけです。
また、同じ人物でも時期(その人の心の状況や思考)によって境界線は異なります。
たとえば、以前は念願の1人暮らしが始まって幸せだと思っていたのに、氣づけばワンルームじゃ狭すぎるとか、もっと暖かい家に住みたいといった不満を抱いていたり。
基準を生み出すもの
この幸せの基準は自分自身で創っているものなので、基準を自分でコントロールすることだってできる(不幸なはずの現状を、幸せな状況に変えられる)のですが、まずはこの基準が一体何なのか、その正体を明かしておきます。
幸せの基準や境界線を創っているのは、ズバリ「自分の欲望」です。
人は欲望を抱けば抱くほどに、上を見れば見るほどに、現状への不満が大きくなりやすく、自分が不幸せだと「勘違い」しやすくなっていくんですよね★
自分よりも成績のいい人を見つけると、自分の成績に不満が出てきたり、
より大きくて乗り心地のいい車を見つけると、今乗っている車に不満が出てきたり。
自分の現状よりも良いものを手に入れたいという欲望を抱くと、幸せを感じられる境界線が その欲望が叶っているかどうかのところまで引き上げられてしまうんです。
それが叶っているから幸せ、叶っていないから不幸せといった具合に〜
まぁあくまで「そうなりやすい」というだけで、現状への不満が、必ずしも自分が不幸だと思ってしまう要因になるわけではないのですが、
でも、この欲望のコントロールが重要なカギになっていると僕は思うんです。
Power Play!
じゃあ、欲望は どのようにしたらコントロールできるのか〜
方法は いろいろありますが、今回はその中でもちょっと荒療治?な方法で「自分よりも下を見ること」「現状以下を体験すること」について紹介いたします。
まず「下を見ること」についてですが、おそらくご察しの通りで「自分よりも過酷な環境に置かれている人」のことを考えてみたり、そういう人がいることを知ってみる、という意味です。
ただ想像してみるだけでもいいのですが、ネット検索等で体験談を読んでみたり、実際の写真や映像を見たりするのは かなり効果があると個人的には思います。
(刺激が強すぎることもあるので、ほどほどにしておきましょう。メンタル弱めの人は映画くらいにしておくといいかもしれません)
これだけでも自分が幸せだと思えてきたりしますが、、、
やはり何と言っても「自分で体験すること」が1番効果があります☆
とは言え、家もお金もすべてを捨て去るなんてことはしなくてもいいんですけど、
たとえば貧しい地域(発展途上国とか)の安〜い宿にでも泊まって、周辺や市場を散歩してみたり、大衆食堂で食事をしてみたり〜
慣れていない人にとって、安宿生活はショッキングなことが多いかもしれませんね★
またこういう環境を五感で体験しておくとですね、写真や映像を見て その状況を想像する際の、リアリティを高めることもできます*
自分の周りにある「すべて」
いやしかし、いくら自分よりも辛い環境にある人を見たところで、他人は他人、自分は自分なんだから物事の感じ方が違うんだってことは もちろん僕もわかりますし、辛さの種類が違うことだってあるでしょう。
現状が変わるわけでもないですしね。
じゃあ徒然と語って、結局僕が何を言いたいのかと言えば
今、あなたの身の回りにある幸せにも意識を向けてあげてほしい
てこと。
辛い時ってのは、その原因になっていることばかりに意識を持っていかれやすいけれど、それだけが すべてじゃないじゃないですか。
どうしても幸せな物事を見つけられなければ、いつもがんばっている自分へのご褒美で、ケーキとか好きなものを買ってあげたりしてみるのもいいと思います。
たとえ小さく些細なことだったとしてもね、そういったことが幸せな物事を見ようとしたり、感知しようとしたりする意識付けになっていくはずだからです。
「下(他人)を見ること」も、自分の身近にある幸せな物事に意識を向けやすくする方法として紹介してみたんです。
今が幸せだと思っている人と そうでない人の違いは、それぞれが置かれている状況の違いよりも「幸せを感じられることに どれだけ目を向けようとしているか、氣づいてあげようとしているか」この差の方が強い要因になっているんですよね。
もしかしたら戦禍にいてもなお、そこに幸せを見出すことができる人がいるかもしれません。
幸せなことだけを見なさいという話ではないんですけど(ていうか そんなのムリ(笑))、
でも、あなただって辛くて苦しい思いをしながら毎日ガンバってるんだから、たまには幸せも感じさせてあげてくださいね*
幸せを追求した果てに辿り着いたこと↓
「究極の人生論|心がツラさを感じにくくなる思考法」
余談1:「今」を大切にする心
よく聞く言葉で「人間の欲は底なし」ってのがありますが、これは多くの人に当てはまるはずです。
人は、上を見ようと思えば どこまでだった見る(憧れる)ことができる生き物なんですよね。
もちろん より良い状態を求めるのは、生き物としての本能であって当たり前なことですが、、、
だからこそ
「本能や欲望に操られないようにしようとする意志」を持っておくことが大切なんです。
これをコントロールできるようになれば、現状に幸せを感じること(幸福度の増加)に繋がりやすくなります*
余談2:最も大切なもの
人は人、私は私、何に不満を感じようと勝手。
たしかにそうだし、僕もそれでいいと思います。
ただ、どうしても辛くて苦しいのなら こんな方法もありますよ〜って話をしてみただけなんです。
世間の目とか人間関係とか、いろいろと氣にしなければいけないこともあるかと思いますが、
なによりも自分自身のケアを最優先にしてあげてほしいと僕は思っているんですよね。。*
まとめ
僕ら人間は、自分が幸せか そうでないかを決める判断基準を「自分自身で」創っている。
また、同じ人でも時期(その人の心の状況や思考)によって、その基準となる境界線は異なる。
この境界線が時期によって変わるのは、幸せと「欲望」が密接な関係にあるからである。
人は欲望を抱けば抱くほどに、上を見れば見るほどに、現状への不満が大きくなりやすく、自分が不幸せだと「勘違い」しやすくなる。
だから欲望をコントロールする(抑える)ことは、とても大切だと僕は思う。
その方法の1つとして今回紹介したのは、自分よりも過酷な状況にある人を見たり、現状以下を疑似体験したりすること。
まぁそうしたところで他人は他人、自分は自分なんだから、物事の捉え方や感じ方は違うし、自分の状況が変わるわけでもないから、幸せになんてなれないかもしれません。
けれど、今の自分の身近にある幸せな物事に意識を向けやすくする「キッカケ」くらいにはできると思います。
( ≒ 今以上の状態への欲求が弱まる)
毎日ガンバっているんだから、たまには幸せな氣分を感じさせてあげてくださいね*
はい、以上〜
僕が、僕の幸福度を高めている強引な方法の1つ、でした!
最後までお読みくださり ありがとうございました(^^)
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