競争社会の制約|苦しくなるほど頑張っている人に知ってもらいたいこと

すこしだけ休もう*

競争社会で育つと、順位や評価など「他者との比較」が意識に刷り込まれてしまうことがあります。

本人は そんなつもりがなくても優越感や劣等感などの感情(他者との比較)は、いろんなタイミングで いろんな形で現れているものなんですよね☆★

そういう僕もね、この感覚は抜けきっていません。笑

ただし僕の場合は「苦しいけどガンバる!ツライけどガンバる!」みたいに追い込まれる状況になることが、ほとんどなくなりました。

そのことと「他者との比較」が何の関係があるのか。。。
どうすれば穏やかな日々を送ることができるのか。。。

てことで、今回は!

毎日ガンバっている人へ「競争社会の生きづらさを軽減できるお話」を贈りたいと思います〜

僕らは もう、ガンバらなくていいんです。。*

日本人の意識

競争意識を高めさせるためなのか、僕ら日本人の多くは「順位」とか「評価」といったような、人の優劣を感じやすくなるように育てられてきました。

だから子供の頃から「たくさんガンバること」を当たり前に思ったり、ガンバっていないと引け目を感じたりしてしまうことさえあります。

ランキングイラスト

まわりの人と自分を比べてしまい、「自分は このままでいいのかな・・・」「ほかの人は もっとガンバっているんだから、これくらいで音を上げるなんて弱すぎる!」と焦ってしまうんですよね。

「比較」が無意味な理由

以前は僕も、自分と他人を比べてしまうことが ありましたので、焦る氣持ちは よくわかるのだけど、
でもね、本人が耐えていられる努力の限界ラインは人それぞれ違うんですよね。

あなたと僕も、僕とスポーツの世界チャンピオンも みんな、物事に取り組むことができる限界ラインは違います。

だから それを比べることには意味がないと僕は思ったんです*

バスケをするフィリピン人の写真

少し違う言い方をすると、パフォーマンス・生産性が最も高まる「努力の限界ライン」は、人それぞれ違います。

もっと言えば、同じ1人の人間でも取り組む内容によって、そのラインは異なります。

たとえばデスクワーク、水泳、料理等いろんな科目がありますが、「料理は あんなに長時間取り組めるんだから、デスクワークだって それくらい集中して長時間できるはずだ!」とはならないのです〜

あなたの限界は「何も表さない」

努力の限界ラインが人によって違うことを考慮した上で、僕が思うのは。。。

自分と、自分の周りにいる人達が「幸せを最も感じていられる状態」は、「自分自身が1番心地よさを感じられる範囲でガンバっている状態」なので、それをキープしておくことが大切だということ*

(限界を超えたオーバーワークをすると自分のパフォーマンスが落ちるだけでなく、ストレスや疲労感が周りの人に伝わってしまいます( ≒ 周りの人に氣を使わせたり不快感を与えたりしてしまう))

メキシコダンスコンテスト踊る女性2の写真

で、

その心地よくガンバれる限界ラインの高い低い( ≒ どれだけガンバっているのか)は、人として強いか弱いかとか、偉いか偉くないかといったような優劣を表す基準にはなりません。

もしもそれが優劣を表すのだとしたら、世界チャンピオンレベルのガンバりができない人、つまり僕も含めた世界中のほとんどの人が「努力やガマンが足りない弱い人間だ」ということになってしまいますからね〜

競争社会が忘れさせること

冒頭にも書きましたが、僕らは「順位」や「評価」を意識に擦り込まれている(優劣を感じやすく育てられている)せいで、忘れがちになってしまうんですけどね、

そもそも人間に優劣なんてものはありませんから、故に「ガンバらなきゃいけない」というルールだってないんです。

僕もあなたもガンバるためではなく、自分を幸せにするために生まれてきたことを思い出してあげてください☆

自転車で遊ぶフィリピンの子供たちの笑顔の写真

心地いい範囲でガンバっていれば、それでいいんです、
あなた自身のためにも どうか焦らないであげてください。。*

補足:「自分」を乗りこなす

もしも「心地よさを感じるライン」よりも「パフォーマンスが最も高まるライン」の方が上?にあって、パフォーマンスを高めようとすると苦しさやツラさを感じてしまう・・・

そんな場合は、両方のラインを行き来してみるのはいかがでしょうか*

ときどきは心身に負荷をかけつつもパフォーマンス優先で活動してみて、そろそろキツくなってきたな〜と感じたら、心地よくガンバれるラインに戻ったり、あるいは完全な休養期間にしてみたり〜

んで、落ち着いたら またパフォーマンスを上げる〜 ってのをくり返していきます(^^)

このバランスを取れるようになるまでは、すこし時間がかかるかもしれませんが、
これが上手にできるようになれば、オーバーワークで へばってしまうことが減るので、結果的に「パフォーマンスが最大になる時間」が最も長くなると僕は思います☆

横浜赤レンガ倉庫オクトーバーフェスト2017(ハシャギまくり)の写真



あ、でも誤解しないでいただきたいのは、「(心地いい範囲で)全員ガンバりなさい」と言っているわけじゃないってこと〜

ガンバっている状態を幸せに感じる人がいれば、ガンバらない状態を幸せに感じる人もいるわけですから、
「何に対してもガンバらない」そんなスタイルでも全然オッケーです〜(^^)

ベストな生き方

じゃあ一体どんな風に毎日を過ごしていくのがベストなのか、僕なりの答えは。。。

☆心穏やかでいられるように、「自分で」自分をケアしてあげること

☆大切な人達と幸せな時間を共有すること

これに専念することです。

この状態をキープしていられるのならガンバってもいいし、まったくガンバらなくてもいいです*

くり返しになりますが、僕らはガンバるためではなく、自分を幸せにするために生まれてきたんですもん。

余談1:他人を幸せにはできない

「大切な人の幸せのためなら、自分が犠牲になっても かまわない」

そう言い聞かせて、自分を追い込んでいる人も稀にいらっしゃいますが、
ハッキリ言ってしまうと「自分の手で他人を幸せにすることは不可能」です。

徳島県鳴門阿波おどり(ひょっとこ)の写真

他人が幸せを感じられるようにお手伝いするくらいなら、まだなんとかできるかもしれませんが、幸せにすることは不可能なんです★

その理由は。。。

1:心も含めて「人間は1人1人、常に独立した存在である」

2:人間は、本人が幸せを感じようとした時以外に、幸せを感じることはできない

これら2つの自然の摂理が、他人の干渉から本人を完璧に守ってしまうからです。

そもそも

他人を幸せにする、そんな神にも等しい力なんてない

少なくとも僕は、僕自身について そう思っています〜

じゃあ大切な人の幸せのために、自分にできることは何もないのか?

いいえ、もちろん ございます☆

自分ができることについては別の記事で解説しましたので、興味がありましたら〜↓
なぜ人間が、誰1人として他人を幸せにすることができないのか理由を説明します

余談2:生きるための努力

「生きるためにはお金が必要で、お金を稼ぐには苦しくてもガンバらなきゃいけない」という状況はあるかもしれません。

けれど これに関しては「お金」と真剣に向き合って、お金について学んでいくことで解消できるケースが意外と多かったりします。

お金社会で生きていて、かつ お金に困っている割には、お金について学ぼうとしない人が多いんですよね。

「支出よりも収入が大きくなれば、娯楽や貯金に回す余裕ができるんだから、なるべくムダな支出を減らして、儲かる仕事をしたり投資をすればいいんでしょ?」くらいの理解でお金を扱えているつもりになって、ないがしろにしてしまう・・・

そういう人が いつまでたっても、苦しい生活から抜け出せないでいるんですよね☆★

(新板)お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方/著者:橘 玲の写真

辛口な意見のようで申し訳ないのですが、責めるつもりは全然なくてですね。。。

ただ僕は「お金とか幸せと真剣に向き合ってみれば、解消できることは たくさんあるんですよ。もっと氣楽に人生をおくることができるかもしれませんよ*」てなことを伝えたいんです〜

ただし、本氣になれば抜け出せる人 or 本氣にならないから抜け出せない人とは別で、
いろんなことが重なりあって「どうやっても その状況から抜け出すことができない人」もいることは、もちろんわかっています。

正直に言いますが、そういう人のために今の僕にできることは何もないので、「苦しい状況にある人を支援している人・団体」に任せるしかありません。。。

いつか僕も支援ができるように精進いたします〜!

タイの仏教寺院の仏像?の写真

・ぷち余談

「愛を与えた相手からは、愛を返してもらえる」

これってね、お金も そうなんじゃないかな〜って思うんですよね〜

お金に困らない人は、お金について よく勉強したり知ってあげてたりしていることが多いんですけどね、
それは ある意味「お金を愛して、大切に扱ってあげている」ということでもありますでしょう?

本氣で愛した相手のことは、いろいろと知ってあげたくなるものですからね☆

だから、お金さん達も そういう人に使ってもらいたいと、その人のもとへ集まっていくんじゃないかなぁ。。*

こんなお話もあるよ↓
「好きなことして生きるのは幸せ」は誤解|まだお金欲しいの?

超余談:人生が楽勝モードに

あくまで僕個人の意見感想ではありますが。。。

お金、ビジネス、脳科学、心理学 + どうすれば人は幸せを感じるのか

このあたりを追求していけば、アルバイト程度のお給料でも貯金を増やしながら、充分幸せに心豊かな生活を送ることができるようになるはずです*

まとめ

社会環境の問題もあって、日本人の僕らは「他者との比較」を意識しやすくなっている。

だから子供の頃から「たくさんガンバること」が当たり前で、ガンバっていないと引け目を感じてしまうことさえある。

中には、すでに苦しくなるまでガンバっているのに「ほかの人に比べたら自分なんてまだまだ・・・」とか「こんなところで音をあげるなんて(他人と比べて)弱すぎる!」と、さらに自分を追い込んでしまう人までいます。

けれど

努力の限界ラインは人それぞれ違うので、「どれだけガンバっているのか」が心の強さや弱さとか、人の偉さなどを表す基準にはなりませんし、
そもそも僕ら人間に優劣なんてないのだから「ガンバらなきゃいけない」なんてこともありません。

焦らず、心穏やかでいられる範囲でガンバっていきましょう(^^)

僕の個人的な考えとしては。。。

☆心穏やかでいられるように、「自分で」自分をケアしてあげること

☆大切な人達と幸せな時間を共有すること

この状態をキープしていられるのならガンバってもいいし、まったくガンバらなくてもいいと思います*

だってね、

僕もあなたもガンバるためではなく、自分を幸せにするために生まれてきたんですもん。。*

はい、以上〜
毎日たくさんガンバっている人も たまにはゆっくりして、心も体も休ませてあげたらいいんじゃないかな〜って思いましたよ日記、でした!

最後までお読みくださり ありがとうございました☆
今日が皆さんにとって よき日となりますように*

おまけ:ガンバリ屋さんの性格

僕がこの記事を書こうと思った理由について。。。

人に何かをしてあげて、お礼を言っていただけた際に「あなたが たくさんガンバっているから、少しでもサポートしてあげたり、癒やしてあげたりしたいんです」といったようなことを僕は よく言います。

これは本心で間違いないのだけど、最近、それが僕の思いとは違った形で相手に伝わってしまっているんじゃないかと、心配になることがあります。

「時には苦しい思いもしたけど、ガンバってきてよかった!まだまだガンバれる!!」
「ガンバればガンバっただけの結果が出るんだ!もっとやってやるぞー!」

そんな風に捉えてしまっていないかなって〜

僕は、さらなる努力や飛躍を期待したり応援したりしたいわけじゃなくてね、
もしも体も心も いっぱいいっぱいになるほど毎日ガンバっているのなら、僕が伝えてあげたいことは むしろ真逆で

「あなたに苦しい思いをしてほしくない。苦しくなるほどガンバる必要なんてないんだから、もっと肩の力を抜いてリラックスして生きていこうよ〜*」

てことなんです。

これがね、ほかにも当てはまる人がいるんじゃないかなぁって思って、ブログでシェアしてみることにしました☆

・ぷちぷち余談

その相手には実際に伝えてもいるんだけど、まぁ相手は状況的にも心理的にも、 そう簡単にリラックスできないのかもしれないなぁと思ったり、
僕の意見を押し付けてしまっているようで、あまり良くないのかもなぁとも思ったり。

難しいものですねぇ、大切な人達を守るのって。。。