記憶の書き換えは 日常の中でも起こっています。
そもそも思い出せないことや完全に忘れてしまったことすら、いくらでもあるんですから
1つ1つの記憶が 現実に起こったことと違っていても、なにも不思議じゃありません。
記憶は正しくない
(記憶することや、思い出すことが苦手な方もいらっしゃいますが)
昨日のことくらいなら 割と簡単に思い出すことはできますし、
人によっては何十年も昔、子供のころのことも その時の香りや味、物の感触や気温まで鮮明に「感じられるレベル」まで思い出せる場合があります。
それを家族や友達と共有していれば尚更、その過去が存在したのは間違いない!
誰もが そう確信したくなる・・・ でしょうが、そうとも限らない。
てことで!
記憶にまつわる お話をいたします〜
今回は 記憶が書き換わる「仕組み」と「条件」、
次回の記事では「書き換える方法」と「日常の中で それが起こっている そもそもの理由」について解説していきま〜す*
・ぷち余談
2記事にわたって解説する今回のテーマは、オカルトな話ではなく 真面目な心理学の話ですので
過去の思い出を大切にしたいとか、疑いたくないという方には読むのをオススメしません。
人の記憶は それくらい簡単に、頻繁に書き換わってしまうものなので〜
誰かと思い出話をしていて「え?そんなことあったかな?」ってなったこと、ありませんか?
・本日の参考著書
つくられる偽りの記憶|あなたの思い出は本物か?
著者:臨床心理士・越智 啓太(元 警視庁科学捜査研究所 所属)
現実 と 妄想
まず、記憶が書き換わる仕組みを一言で表すなら
自分が思い出していることが「実在の過去の記憶」なのか
「自分で ただ想像しただけのこと」なのか、区別がつかなくなってしまった場合に それが起こります。
この区別を行うのは「脳(無意識)」の仕事なので、
僕ら本人の意識を通して「あれ?あの時のアレは実在の過去か?それとも自分の妄想か?」というように、自覚や確認をすることなく書き換わってしまうこともあります。
わかりやすく極端な例をあげてみましょう*
たとえば 僕が、超高級ステーキを食べる「妄想」をするのが好きだとするじゃないですか、
いつか僕も あの有名な〇〇店で、肉厚なのに とろけるように柔らかい特上お肉に舌鼓を。。* といった感じで〜
で、もしも脳が それを本当の記憶と区別できなくなってしまったら・・・
「前に食べた〇〇店の高級ステーキ 本当においしかったな〜 また食べに行こっと☆」
僕は いつの間にか、ありもしなかった その出来事(記憶)を「思い出す」ようになっています。
その切り替わりは脳の中で、自然に行われるので僕に自覚はありません。
(想像が記憶に切り替わるキッカケとなる出来事はあるかも。「そういえば、食べたことあったかもなぁ」って、思わせるような出来事。)
この、ステーキの記憶みたいな場合は「記憶を書き換えた(修正した)」というより、「ゼロから創ってしまった」という表現の方が的確でしょうかね?
ん〜 これは ちょいと恐ろしいっすね(苦笑)
記憶の仕方がカギ
となると、次は なぜ「行ったことすらもない」お店での食事を想像できるのかという話になってきますね。
そのカギとなるのが、僕らの「記憶の仕方」です*
まず「出来事自体」と、それが「いつ、どこで起こったことなのか」を記憶したり思い出すことは、それぞれ脳の別の機能として行っています。
(機能というか、単にバラバラに記憶されていると言った方がいいのかな?)
だから、たとえば 2021年の1月15日の13時に、友達と一緒にカフェでコーヒーを飲んだとしても、それらは すべてがセットで記憶されたり 思い出されるわけではありません。
友達とカフェでコーヒーを飲んだことを思い出すだけでは、その日付や時刻は思い出されないってこと〜
それから もう1つ、記憶・出来事は「断片的に思い出すことができる」という特徴もあります。
カフェで過ごした全体の記憶ではなく、手に持ったカップの感触、重み、暖かさ、香りなどの断片だけを思い出すことができます。
さて じゃあこれらのことを踏まえて、先程の 僕の高級ステーキのニセの記憶(フォールスメモリー)は どのように創られてしまったのかと言えば
「断片的な、あらゆる記憶が合成された」
です。
☆別の焼肉屋などで お肉を焼いている時の音や香り、臨場感など
☆ファミレスのソファに座った時のお尻の感触や、自分と机との距離感
☆雑誌やテレビ等で見たお店の外観や内装、お肉などの映像(視覚的な要素)
☆過去に口にした、肉以外も含む すべての物の食感やジューシーさ
こういった、それぞれ別のタイミングで得た体験や情報などの「記憶の断片」が合わさり、それが いつの間にか
味や香りも思い出せる「確かに体験したはずの」ニセの記憶となって頭の中に定着します。
補足:人の想像力は無限大*
僕らの想像力(記憶を合成する力)は、メチャクチャ優れています☆
たとえば。。。
ちょっと 南の島を想像してみてください(^^)
どこやねんって感じかもですが
暑くて、ヤシの木が生えてて、キレイな海に囲まれてるといった感じの、誰もが思い浮かべそうなとこ〜
今あなたは、その島の浜辺で トロピカルジュースを飲んでいます*
快晴の青空、心地よい海の風、肌に感じる真夏の気温、南国の果物の甘酸っぱい香り。。☆
はい、どうでしょう?
南の島に行ったことがない方でも、けっこうリアルに想像・・・というか むしろ感じることまで できませんでしたか?
僕も北極に行ったことはありませんが。。。
肌に刺さるような冷気、かじかむ手足、数メートル先も見えない猛吹雪!!
いや〜 こんなとこで裸になったら即死しちゃいますよね。苦笑
はい、もちろん実際の様子なんて知りませんよ?
でも 僕ら人間には、なんとなく わかってしまうのです*
その理由こそが、過去のいろいろなシーンの記憶・体験を合成できるから、というわけ〜
0.01%の可能性も 記憶になる
では ニセの記憶が定着したり、記憶が書き換わるには どんな条件が必要なのか?
その条件とは
「そんなことも あったかもしれないなぁ」とか、本人が その出来事が起こる可能性をほんの少しでもいいので信じていること
です。
この「信じている」ってのは、完璧な証拠や科学的根拠などの有無は関係ありません。
ただの「本人の中での可能性」ですから、たとえば宗教的なことや怪奇現象といったような現実離れしたことも含まれます。
例をあげた方が わかりやすいですかね*
「私は昨日まで 河原の石コロだったけど、魔法の力で人間になりました☆」といった話なら、可能性がゼロだと 明らかにわかりますが
でも「お化けを見た!」とか「私は宇宙人に誘拐された!」といったようなことは、もしも死後の世界(宗教)や 宇宙人の存在を信じているのであれば、想像が記憶になることは充分ありうる
というわけ。
・ぷち補足
そんな過去なんてない!と はじめは否定していても、
あとから「やっぱり ありかも?」と気持ちが変わった場合でも、ニセの記憶が定着する可能性があります。
間違いだらけな僕らの記憶
ここまでが「記憶が書き換わる 基本的な仕組み」と「書き換わる条件」についてでした。
次回は
☆自分、あるいは他人の記憶を書き換える方法
☆それが「日常的に」起こっている、そもそもの理由
を解説していきます(^^)
・・・こういったことを知れば知るほど、僕らの記憶が かなぁ〜り適当であることが わかってきます(苦笑)
ちなみに 自分にも他人にもニセの記憶を埋め込むことはできても、
狙った記憶(ある特定の思い出)だけを「消し去る技術」は、今のところ開発されていないようです。
まとめ
ニセの記憶・フォールスメモリーが定着する基本的な仕組みは、
自分が思い出していることが「実在の過去の記憶」なのか「自分で ただ想像しただけのこと」なのかを、脳が区別できなくなってしまった場合に それが起こります。
また 脳は1つの出来事をバラバラに記憶したり、思い出したりすることができる。
(たとえば 日付と場所、音や手の感触だけなど)
そのバラバラになった記憶の欠片達(別の思い出同士)をつなぎ合わせることもできるので、体験したことのないことでもリアルにイメージ(妄想)することができる。
もしもその妄想が、記憶と区別できなくなったとしたら、それがフォールスメモリーになることは あり得る。
ただし フォールスメモリーが定着するには「そんなことも あったかもなぁ」とか、本人が その出来事が起こる可能性をほんの少しでもいいので信じている必要がある。
(そんな過去なんてない!と はじめは否定していて、あとから「やっぱり ありかも?」と気持ちが変わった場合も含む)
ほんの少しの可能性でもよい、ということは
日常で起こりやすそうなことや、自分が信じていること(宗教や怪奇現象なども含む)に関連することは、フォールスメモリーになる可能性が高い。
オカルトな記憶については、個別の記事で解説いたしました↓
「トラウマの正体とは|自分を「守るための」記憶のメカニズム」
はい、以上〜
記憶が書き換わってしまう仕組みと その条件について、でした!
つづきはコチラ↓
「記憶を書き換える方法|僕らは過去の存在を証明できない」
脳が記憶を書き換えている「目的」の解説もございます↓
「イヤな記憶を消す方法|なぜ現在を変えると過去も変わるのか」
最後までお読みくださり ありがとうございました(^^)
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