自分を探す旅でありのままの自分になると困ること

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この記事は海外生活1年経過の振り返り後編です。
前編では長期海外旅行で僕に起こった変化について書いています。
先にそちらを読んでいただいた方が、この記事の内容を理解しやすいかと。

1話:旅が自分を変えたと言うより、本当の自分が表に出てきただけだと1年経って思う。

2話:本当の自分がわからないなら「考える癖をつけて」旅をするといいよ

この記事では旅が終わった時、前編で紹介した「長期旅行で起こった自分の変化」がどうマイナスに働くのかについて書きます〜

タイの山奥の写真

超絶自由人なもんで

思うがままに生きてるからこそ困ることってあるよね。

ズバリ

もしも集団生活の中に戻るとしたら
その時に窮屈に感じるかもしれないこと
ストレスを感じるかもしれないこと

まあそんなん旅人じゃなくてもわかることだって思われるだろうけど(笑)

でもこの気持ちを理解できる人は、旅人とか何か特殊な仕事(生き方?)をしてる人以外には少ないと思う。
日本に居ながらにして完全に自由な人って少ないから。

「貯金が溢れるほどあるからお金(仕事)のことも気にしない、人との繋がりもないから気にしない」
そんな人はいても稀でしょう?

だからこれほどまでの自由を味わい、知った人は多くはないと思うんですよね。
僕の場合は貯金に限りはあるけど。悲しいことに。

サハラ砂漠でラクダツアーの写真

そして旅に出て何にも縛られずに自由好き勝手やってきたおかげで、なりたい自分になれた訳で、そんな僕が日本に戻って日本の常識の中に、人々の輪の中に身を置いて窮屈に感じない訳が無し。
少なからず1ヶ月くらいはアダプト出来なそう。

人前で無理に背伸びをする必要が無い
何にも属さないから逃げる自由がある
やりたいことだけに取り組む自由もある

これらの快適さを覚えてしまったことが
僕にとっての「旅をして、なりたい自分になれた」ことがマイナスに働くこと。

我が強すぎると周りと協調しにくい。
周りを気にしすぎるとありのままの自分ではいられない。
バランス良くうまく中間を取れるようになりたいなぁ。

周りや自分より上の存在に完全に縛られるような状態は避けたい!
だって僕は僕のやりたいように進んで行くことが好きだから。

※この記事公開から半年後、考え方が少し変わりました↓
現在拙者が取り組んで(挑戦して)いること

モロッコのスパイスの写真

うん、こんなところでしょうかね。
3記事に渡って書いた振り返り日記でしたが、最後のオチが誰でも想像できるショボい内容ですいません。笑
まあ長期旅行起こる変化なんてその程度、とも捉えられるかな。

裸の自分

読者の皆さんはどうですか?
周りにいる人たちの前で「無意識」で理想の自分になっていませんか?

理想の自分になることは、社会では時にマナーでもあり当たり前なことでもある。
だから「無意識」でそうしている人はきっといるはず。

一人旅をしていると
そんな無意識で着飾った理想の自分が少しずつ剥がれ落ちていき、いつしか裸の自分に出会えるかもしれない。

もしかしたら、裸の自分はこれまでの理想の自分より素敵に思えるかも。
もしかしたら、裸の自分は理想とは程遠い体型でガッカリしてしまったり、恥ずかしくて人にはとても見せられない姿だと気付くかもしれません。

でも、そりゃ恥ずかしいに決まってるよね、裸だもん。
だからこそダイエットしよう、とか、筋肉をつけようって思えるかも。

洋服でカバーするってのもありだけど
自分の体そのものを鍛え上げた方が、本当の強さってものを手に入れられるじゃないかなぁ。

とか言って、それが自分にとってマイナスに働くと書いた記事なんだけどね(笑)

モロッコのティネリールの写真

最後に話が脱線しちゃった。

3記事とも読んでくださった方も、フラッと立ち寄りで読んでくださった方も、ありがとうございました!
おかげさまで?旅も1年、あと1年半くらいは旅を続けたい(…のかなぁ?(笑))と思っているので、これからもよろしくお願いいたしますm(_ _)m

日本に帰ってもしもうまくいかなかったら、ありのままの自分と周りとの付き合いがうまくいく方法を考えよう。
せっかく旅で「考える」ことを学習したのだから。

なんか「思考は現実化する」の影響が、本を読み始めた後に書いた記事にすんご〜く出てる気がするなぁ。
別にあの本に沿って記事を書こうとしてる訳じゃないのに、自然とそうなっちゃう(笑)

インドデリーの八百屋の写真

あ、これは僕個人の話であって、旅に出たら誰もが僕と同じように変化が起こって、日本も窮屈に感じるようになってしまう訳ではないです。

旅に出て何かが変わる人も、何も変わらない人もいます。

旅っておもしろい。

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